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vol.7/豆腐とカマボコ
vol.8/天ぷら油
vol.9/穴子と車えび
●シリーズ2/そば学雑記帳
vol.1/そばは信州?
vol.2/そばの品種って?
vol.2/鴨焼き
vol.3/ひめ穴子の天ぷら
●シリーズ5/お店からの便り
vol.1/忘れられないお客さま
vol.2/店舗デザイナーのこだわり
vol.3/接客は十人十色 |
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-厳選素材から職人の内緒話まで |
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日本中のそば屋から、本当のそばづくりが死に絶えようとしていた時期があることを知っている人は多いと思います。いまでこそ、自家製粉・手打ちのそば屋が増えましたが、戦争のあとの食糧難をきっかけにそばづくりは捻じ曲がりっぱなしだったんです。小松庵も大正時代から暖簾を出しているそば屋ですが、ご多分にもれず、という状態でした。
実は、つい最近、10年ほど前まで、小松庵では、木鉢でやるべき水まわしから捏ねの作業を、ミキサーをつかってやっていたんです。つなぎに卵も使って。まるでラーメンですよね。
これではいけないと思った私たち職人は、「自家製粉・手打ち」のそば屋に生まれ変わるべく、動き始めました。でも、多額な投資が必要になる。みんなは、「お金をかけて、以前とかわらないそばしかお出しできなかったらどうしよう」と疑心暗鬼になっていました。 |
自家製粉をはじめるには、定温常湿倉庫や石臼、玄そばを抜きの状態にするさまざまな選別機が必要です。それをそろえ、自分たちの目で見て選んだ玄そばを挽き、そばを打ったのは平成7年の秋のこと。あのときの感動とカルチャーショックは忘れられません。
そば粉の色が、それまで製粉会社から仕入れていたものとまるで違っていました。はっきりと緑色がかっていたんですよ。
玄そば自体も粒が大きいばかりじゃなく、殻と実の間の隙間がまったくないパンパンの状態で。はじめて打ったそばをみんなで試食したあと、手を取り合って喜んだほどでした。
「おい、これ見ろよ」
誰かが驚いた声で、釜をのぞくので、みんなが集まりました。試食用のそばをゆでているうちにそば湯までがほんのりと緑ががってきたんです。
そばは農作物ですから、出来不出来があります。振り返ってみても、あの平成7年産の玄そばの質は最高でした。あれ以上の玄そばに出会いたいといつも思っていますが、なかなか果たせないのが実情です。 |
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